沖縄 居酒屋のおもしろい結果
一九六九年に、彼は初めて有力紙であるオマハ・サンと、一連の週刊紙のグループを買収した。
質の高いジャーナリズムはもちろん尊重したが、彼は新聞を、あらゆる意味で商売だと考えていた。
だから、新聞のオーナーへの利益還元も、影響力などといったものでなく、一にも二にも利益だという考えだった。
オマハ・サン紙の経営によって、彼は、ビジネスとしての新聞のあり方を学んだ。
W社の株式を初めて買うまでに、彼は、こうして新聞経営の実地訓練を受けたのであった。
Pは、Pの株主に、自分と同社との付き合いは二二歳のときまでさかのぼると話した。
その当時、彼はWとTの両紙を一緒に新聞配達していた。
彼は、この同時配達で、フィル・GがTを買収するはるか以前に両社を合体させていた、と得意気に披露することがある。
彼が新聞について豊富な知識を持っていたことは確かである。
また、ニューズウィーク誌は、将来が予測できるビジネスだと考えていた。
TV局の価値も直ちに知った。
W社は、長年にわたって放送関係部門についても安定した業績を示してきでいる。
P自身の個人的経験と、同社の成功の歴史は、同社が安定した信頼のおける企業であることを確信させるに十分だった。
Pは、Pの一九八四年の年次報告書に次のように書いている。
「米国では独占的な新聞の業績は非常によい。
世界でもトップクラスだろう。
全米では約一七OOの新聞があるが、ほぽ一六OO紙には直接の競争紙というものがない。
それら各紙のオーナーは、好業績は彼らの新聞の質が高いからだと考えがちである。
しかし、事実は違う。
たとえ三流紙でも、町で唯一の新聞であれば、相応な業績は上げられる。
質の高い新聞が高い普及率を得られるのは事実だ。
しかし、平凡な新聞でも、町のコミュニティにとっては、広告媒体としてなくてはならないのである。
町のすべての企業、すべての住民(家を売りたい人、など)は、コミュニティ内で何らかのメッセージを伝えたいときには、新聞の機能を必要とする。
Pは、トンプソン卿と同じように、新聞を持つことは広告を必要とするすべてのビジネスから忠誠を誓われることになる、と確信していた。
地域独占的な性格に加えて、新聞には貴重な経済的。
のれん。
がある。
Pが指摘しているように、新聞の資本規模は小さくてよい。
だから、売上げが利益に結びつく率が高い。
コンピュータ制御の印刷機、報道室の電子システムなど、高価な機器を購入しても早々に償却できる。
固定人件費が少ないからだ。
また新聞は、比較的容易に値上げができる。
それによって、投下資本に対して平均を超える利益率を上げることができる。
そして、インフレの悪影響が軽減できる。
Pの計算では、典型的な新聞は、USAツディーのように、価格を倍にして、しかもなお購読者の九O%を維持できるという。
一九七三年、W社の時価総額は八OOO万ドルだった。
しかしPは、証券アナリスト、新聞経営者などは同社の実態価値を四億−五億ドルと推定しているはずだ、と言っている。
この推定の根拠を、彼の挙げた理由をたどって試算してみよう。
まず、その年一九七三年のオーナー収益(第4章参照)は、純利益二二三O万ドルに減価償却費三七O万ドルを加え、資本支出額六六O万ドルを差し引いた一O四O万ドルである。
これを長期国債利回り(六・八一%)で割れば、同社の価値は一億五OOO万ドルということになる。
これは時価総額の二倍近くにはなるが、しかし彼の推定値よりはるかに低い額である。
彼は、新聞社の資本支出は、長年の聞には減価償却費と減債基金の合計額に等しくなる。
だから、純利益はオーナー収益とほぽ同額になる、とする。
これを踏まえて、単純に純利益をリスクがゼロの場合の利率で割ると、その値は一億九六OO万ドルになる。
ここで試算を止めると、オーナー収益の上昇率はインフレ率の上昇と一致することになる。
しかし、新聞の場合は、通常ではありえない価格の設定を行なうことができる。
地域的な独占形態にあるから、インフレ率を超える率の値上げができるということだ。
仮りに同社が実質で三%の値上げができるとすれば、同社の価値は三億五OOO万ドル近くになる。
さらに、Pは、税引前利益率の一O%は同社の過去の平均の一五%より低いし、C・Gがその利益率は守っていくと心に決めているのを知っていたので、それが実現すれば、現在価値は一億三五OO万ドルだけ増える、と考えたのである。
したがって、これを加えると、トータルは四億八五OO万ドルになる。
最も控えめな計算をしても、Pは、W社の株を少なくとも実態価値の半分の価格で買っている。
だが彼自身は、四分の一だと言う。
いずれにしても、彼が現在の価値に比べて、はるかに低い価格で買っているのは確かである。
これは、Gの8割安値で買えば高い安全余裕率が生まれる。
という前提を確かに満たしている。
Pが買ったときのW社の株主資本利益率は一五・七%だった。
これは同業他社とほぼ閉じ、S&P工業株のそれよりわずかに上という水準だった。
しかし、それから五年の聞に同社の利益率は約二倍になり、業界平均を五O%、S&P工業株を一OO%上回る水準になっていた。
そして、その後の一0年間にトップの水準を保ち、一九八八年の利益率は三六・三%に達して同社が、長年の聞に借入金を意図的に減らしてきた事実を考えれば、この数字の意味はさらに大きく感じられるだろう。
一九七三一年の株主資本に対する長期借入金の比率は三七・二%。
業界でも二番目に高いものだった。
ところが驚くべきことに、一九七八年までに、C・Gは借入金を七O%減らしている。
そして、さらに一九八三年にはわずか二・七%、業界平均の一O分の三にまで下げている。
しかも同社の株主資本利益率は、業界平均を一O%ほど上回っていた。
携帯電話システムと、Cの五三のケーブル・システムに投資したために、一九八六年における借入金は、同社らしくない三億三六OO万ドルという高額にのぼっていた。
しかし、一年の聞に一億五五OO万ドルまで減額され、一九九二年の長期借入金は五一OO万ドル。
対資本の比率は五・五%であった。
ちなみに業界平均は四二・七%である。
W社の株式公聞から六カ月後に、C・Gはウォール街の証券アナリストたちと会見した。
そのときの彼女は、同社の既存各部門の利益を最大化することがまず第一の原則だと述べた。
TV局の利益は上昇を続けたし、ニューズウィーク誌も同様だった。
しかし、新聞は伸びが鈍ってきていた。
その理由は主として賃金にあった。
T社を買収した後に同社の利益は増加したが、労組のストライキ・ご九四九、五八、六六、六八、六九年)のつど、経営陣は、新聞の刊行を続けることを主眼にして労組の要求を飲んできたという。
その問、ワシントンには三紙の共存という状態が続いていた。
一九五0年代から六0年代にかけて、こうした賃金の高騰のために利益は抑えられてきた。
しかし、この問題は解決されるはずだというのが彼女の説明であった。
一九七0年代に入って、労使協定の期限が切れる時期に備えて、Cは、労使関係のつわ者を担当に据えた。
一九七四年には新聞ギルドのストライキを長期間の交渉の末に退け、印刷工とは新しい協定を結んだ。
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